「お金を稼ぐ=お金が増える」ワケではないし、「稼ぐ=幸せ」なワケでもない。

長年、私にっとってお金は「稼ぐもの」「貯めるもの」であって、「増やすもの」ではありませんでした。

新卒で某ガツガツ営業会社に入社したので、死ぬ気で働けば働くほど収入は増えて、入社2年目での私の年収はおそらく700万円近くありました。

お金とは稼ぐもの。自分の労働した時間や能力の対価として得るものだという意識がここで刷り込まれてしまって、「働かずにお金を得ようとする=悪」みたいな思い込みが出来上がってしまったんですね。

しかし、死にそうになりながら稼いだお金は、いつも気づくと銀行口座からなくなっていました。

飲み代、ランチ代、服代、コスメ代、タクシー代、家賃、携帯代etc

 

 

 

過度の労働からのストレスで当時は自炊なんて一切していなくて、外食が当たり前、オシャレな人が多い職場だから洋服代もかかるし、飲んで午前様でタクシー帰りも日常茶飯事。

ボーナスからなんとか貯めたお金は、社員旅行でハワイにでも行った日には買い物で一気に吹っ飛ぶ始末。挙句26歳くらいからは結婚式ラッシュでご祝儀貧乏。

そんな生活なので体はボロボロで、皮膚科に内科は常連。肩こりや眼精疲労もひどかったので、マッサージや整体、整形外科も週2回ペースくらいで通わないと起き上がる事も出来ない。

医療費だけで年間確実に15万以上のお金を使っていましたが、当時は無知が服を着て歩いているような状態だったので、医療費控除ってなんのことかしら?って感じでした。

稼いでは使って、稼いでは使って、なんとかボーナスで貯金するけど、結婚式や旅行で消えるみたいなサイクルにはまってしまっていて、自分という設備をすり減らしながらその場しのぎのメンテナンスでなんとか誤魔化して過ごした4年間だったなあと思います。

 

こうやって自分の20代を振り返ってみて、「稼ぐ」=「手元にお金が残る」ではないし、「稼ぐ」=「幸せ」でもないなとつくづく思います。

「稼ぐ」ってお金を得るために重要な手段でありスキルではありますが、年収が上がっていっても結局、「出ていくお金」も比例して増えれば、手元にはお金って残らないんですよね。

髪の毛が白髪化するまで働いて、でも手元には稼いだお金の1割もお金が残っていない自分に失望した26歳の冬。

丸の内のイルミネーション輝く並木道を終電間際に歩きながら、「一体いつまでこんな日々が続くんだろう」と一人絶望したあの日。

あの時の私はどうひいき目に見ても「幸せ」ではなかったな。

 


 

あれから10年くらいの時が経って、転職や結婚、駐在なども経験も経て思うのは、大切なのはバランスだということ。

入ってくるお金(収入)に対して、出ていくお金(支出)をコントロールするための知識や知恵があるかどうか、どんなことにお金を使って、誰と生きていくのか、何に時間を使うのか、働く以外にお金を得る手段や知識をどう身に付けていくのか。

そういったことを考える精神的余裕や時間的余裕が持てる状態なのか。

結局全部は繋がっていて、お金=幸せではないけれど、経済的自由度が高いことは精神的自由度や時間的自由度の高さにも連動するものだと思っているので、お金はやっぱりあるに越したことはないし、お金を労働以外に増やせる手段をもつ自分であるなら生きていくのはもっと楽になりますよね。

「働かずにお金を得る=悪」なんて思っていた過去の自分に、「そんな自分で自分に呪いをかけるのはやめよう。働かなくてもお金は増やせるよ。ただそれを知ってるかどうかだけだよ」と言ってあげたいと心から思います。

お金について学ぶということは、投資スキルや損をしないような知識を身に付けることに加えて、自分の時間と心と体を守ることなのだと思います。

 

 

 

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