真山仁『ハゲタカ』シリーズ
お金の勉強を始めた人にオススメな経済小説。
金融の専門用語も出てはきますが、金融に詳しくなくても楽しめます。
私も投資経験が全くなかった頃に初めてこの小説を読み、「こんなことが起こっていたのか!」と衝撃を覚えたのを覚えています。
最近、全巻読み返しましたが、知っていることが増えた分、物語の流れ以外の部分でも楽しめました。
ドラマ化もされていますが、断然原作推しです!
ハゲタカ
2004年12月刊行。
バブル崩壊後の外資系投資ファンドによる日本企業買収の攻防。
主人公の鷲津は「腐った日本を買いたたく」と豪語し、怒涛の買収劇を繰り広げます。
物語はあくまでフィクションとして書かれていますが、実在する企業がモデルとなっています。
なので読みながら、「なんかどっかで聞いたような」「昔ニュースで見たような…」と自分の記憶と照らし合わせながら読めるのもこのシリーズの面白いところ。
『ハゲタカ』に登場する主要企業名とそのモデル
・ホライズン・キャピタル(米国投資ファンドKKLの日本法人)
KKLはKKR(コールバーグ・グラビス・ロバーツ)とカーライルグループがモデル
・三葉銀行:三和銀行
・中日銀行:東海銀行
・東亜信託銀行(東洋信託銀行)
この3行の合併後の社名が小説では『UTBファイナンシャルグループ』で、モデルは記憶にも新しいUFJホールディングス
・ミカドホテル:金谷ホテル
・太陽製菓:東ハト
・足助銀行:足利銀行
・ゴールドバーグ・コールズ:ゴールドマン・サックス
などなど。
細かくはもっとあるんですが、それは小説を読みながら実際にはどこがモデルなんだろ?と推測したり、調べながら読むのもおもしろいと思います。
バブル崩壊って正直まだ子供だったのであまり実感はなかったのですが、こんなことが世の中では繰り広げられてたんですね。
潰れるなんて思ってもみなかった銀行が倒産したり、経営統合せざるを得なくなったり、株価が連日大暴落みたいなことはうっすら記憶にあります。
それが具体的にはこういうことだったのか!とこの小説を大学時代に読んで、その流れや背景がわかったときは興奮しました。
ハゲタカⅡ
『バイアウト』として2006年に刊行。文庫化にあたり『ハゲタカⅡ』と改名。
上巻は倒産危機に瀕した某老舗繊維会社の買収を巡っての攻防。
今回ハゲタカⅡ上巻でモデルになっているのは、明らかにカネボウと花王。
そういやカネボウっていつの間にか花王の傘下になってたよねって思いながら、フィクションとリアルの間を行ったり来たりしながら一気に読めました。
そして下巻は、巨大電機メーカーの買収劇へ。
日本の大手電機メーカー、一時期本当にどん底でしたもんね。
小説に登場する曙電機は、だれもが聞いたことがある大手電機メーカー8社がモデルとして取り入れられています。
どうも東芝の色合いがいちばん濃いような気もしますが。
瀕死の大手電機メーカーと対照的に業績安定、健全な企業として描かれている会社のモデルはキャノンだと言われています。
(2018年放送のドラマでの描かれ方はひどかった。正直あれはどうかと思う。)
『ハゲタカⅡ』に登場する主要企業名とそのモデル
・鈴坊:鐘紡(カネボウ)
・月華:花王
・曙電機:日本の大手電機メーカー8社
・シャイン:キャノン
・プラザ・グループ:カーライル・グループ
「私は勝ったわけではありません。ただ、負けなかっただけです」
ハゲタカⅡのなかで、私がいちばん気に入っている鷲津さんの台詞です。
勝ちに行くのではなく、負けないことにフォーカスする。普段私がFXをするときに肝に銘じていることでもあります。
レッドゾーン
2009年4月刊行。
本のタイトルに含まれる『レッド』ー『赤』から想像できる通り、今回の敵は中国の国家ファンド。
『赤い悪魔』に狙われたのは、日本の基幹産業『自動車メーカー』
今回は特定のどこがモデルというわけでもなさそうですが、日本最大の自動車メーカーとして登場している以上、どうしてもトヨタをイメージの引き合いには出してしまいますね。
経営にも売り上げにも利益にも問題がない日本国内での圧倒的なトップ企業が、ある日突然縁もゆかりもない外資に突然買収されそうになる。それも中国。
そんなこと起こりうるわけがない。万が一そんなことが起こったら日本国民が許さない。国が守ってくれる。
そんな希望的観測がもろくも打ち砕かれるとき、登場するのが…
物語全体としては、やや広げすぎというか、もはや登場させなくてよくない!?という過去の登場人物を無理に出しているのが個人的には邪魔でしたがw
ただ、中国という国の不可解さ、中国国家ファンドの異質さなどは目からうろこでとても興味深かったです。
「投資は損をせよ。そして益のある損を目指せ」なんて発想を国家ファンドが持っているなんて、すさまじい恐怖ですよね。
こんな「お金は捨ててもいい。どうせ捨てるなら上手に使え」みたいな相手と、作中の日本最大の自動車メーカーアカマはどう戦うのか。
是非原作でその買収合戦の攻防ぶりを楽しんでください。
グリード
2013年10月刊行。
今回の舞台は2008年9月に起こったリーマンショック。
リーマンショックがどのようにして起こったのか。
サブプライムローンとは何だったのか。
暴走し破滅に向かうアメリカ経済を、なぜ誰も制御することができなかったのか。
物語を追う中で、アメリカ人の本質やリーマンが起こった理由、その裏で何が起こっていたのかなどが見えてきます。
世界同時株安が起こる中で、今回鷲津さんが目をつけたのが、超巨大企業AD社。
AD社はかのエジソンが創業したことで知られるGE(ジェネラルエレクトリック)がモデルであることは明らかで、そこを買っちゃおうってことでアメリカの名だたる投資銀行や投資家を巻き込んでの大騒動になるわけです。
ハゲタカシリーズのなかでも、個人的には一番お気に入りの第4弾『グリード』
物語のテンポの良さと痛快さ、そしてヒールなのにヒーローな鷲津さんがカッコイイ。
「強欲は善だ(Greed is good)、強欲こそがアメリカンドリームの原動力」
アメリカに大富豪が多い理由や世界三大投資家が登場した理由がなんとなくわかりました。
日本人が表面的にマネをしたところで、アメリカ人とは根底に流れる気質というか文化が違うので本当の意味での理解が及ばないんでしょうね。
成長をすること、経済を拡大すること、アメリカがNO1であること、莫大な富を得ること。
それらすべてに肯定的であり、その貪欲さ強欲さこそがアメリカンドリームの原動力だと言い切る彼らの姿に、まさに今の大統領の姿が重なって見えます。
個人的感想
作品を追うごとに主人公に人間的魅力が増していくのもこの小説の興味深いところです。
立ち位置はヒール(悪役)っぽいのに、実はだれよりも正義感が強い。
日本に絶望しているくせに、誰よりもこの国を憂いていてその根底には愛国心がある。
この作品の最大の魅力は、主人公が抱えるこの矛盾だと思う。
そしてその矛盾は、そのまま私たちが抱える矛盾なんじゃないかな。
日本という国に失望しているかのように見せながら、「じゃあどこの国民になりたいの?」と聞くと「なんだかんだ日本が住みやすいよね」となる。
「この国に未来はない」なんて言いながら、本当に日本の未来がなくなるなんて思ていない。というより本当になくなったらマジで絶望するに違いない私たち。
そんな私たちが抱える矛盾。
現実の世界では、ヒールに徹しながらホワイトナイトになってくれる鷲津さんのような日本人はいない。
いるのは「国のために」「国民のために」「あなたのために」と正論を語りはするけど、特に実際には何も解決してくれないヒーローもどきだ。
彼らは外資に買収される三洋もシャープも救ってはくれなかった。東芝もまた然り。
でも現実にいないからこそ、私たちはこの小説の主人公鷲津に魅了されるんじゃないかなと思う。